コリン・L・パウエル
Secretary of State Colin L. Powell
コリン・パウエルは、2000年12月16日、ジョージ・W・ブッシュ次期大統領により国務長官に指名された。上院において満場一致で承認され、2001年1月20日、第65代国務長官の宣誓を行った。
パウエルは国務長官に就任する前、各界から人材を招き若者の人格と能力を開発する全米規模の非営利団体「アメリカの約束−若者のための同盟」(America's
Promise - The Alliance for Youth)の理事長を務めていた。
パウエル長官は、35年にわたる職業軍人としての経歴の中で数多くの指揮官・参謀を務め、陸軍大将となった。1989年10月1日から93年9月30日まで、国防総省内における軍人としての最高のポストである統合参謀本部議長(第12代)を務めた。1991年の湾岸戦争で勝利を収めた「砂漠の嵐作戦」を指揮するなど、在任中、28回におよぶ危機の指揮を執った。
退役後、ベスト・セラーとなった自伝「マイ・アメリカン・ジャーニー」(My
American Journey、1995年)を書いた。また、米国や海外の各地を回り講演を行った。
パウエル長官は、1937年4月5日、ジャマイカからの移民であるルサー・パウエルとモード・パウエルの子としてニューヨーク市に生まれ、同市内サウスブロンクスで育った。ニューヨークの公立校で学び、1958年6月、ニューヨーク市立大学(CCNY)で、地質学の学士号を取得した。また、同大学の予備役将校訓練部隊(ROTC)に参加し、卒業時に陸軍少尉に任命された。ジョージ・ワシントン大学でMBA(経営学修士)の学位も取得している。
パウエル長官は、米国と外国の軍隊から数多くの賞と勲章を授与されている。
パウエル長官は、大統領自由勲章を2回授章し、大統領市民勲章、連邦議会金章、国務長官殊勲賞、エネルギー長官殊勲賞を授与されている。パウエル長官の功績をたたえ「コリン・パウエル」と命名した学校や施設が数か所あり、また、国内のいくつかの大学から名誉学位を授与されている。
家族には、夫人のアルマ(アラバマ州バーミンガム市出身、旧姓アルマ・ビビアン・ジョンソン)、二人の娘リンダとアン、息子のマイケル、そしてマイケルとジェーン夫人の間に2人の孫ジェフリーとブライアンがいる。
|